若年性認知症は65歳未満で発症した認知症の総称です1。40~50歳代の働き盛りの年齢で発症することも多く、高齢発症の認知症とは異なった社会的、経済的、心理的な困難を強いられることが少なくありません。「認知症は高齢者の病気」という認識などから、診断までに時間がかかる傾向がありますが、本人と家族の生活を支えていくには、できる限り早期に診断し、適切な支援を受けることが重要になります。
若年性認知症とは
65歳未満で発症した認知症のことを若年性認知症と呼びます1。2017~2019年度に実施された調査によると、人口10万人あたりの有病率は50.9人で、全国の総数は3.57万人と推計されています2。男女別にみるとやや男性のほうが多く、女性が多い65歳以上の認知症とは異なります。
日本認知症学会は認知症を発症年齢によって、①若年期認知症(18~39歳)②初老期認知症(40~64歳)③老年期認知症(65歳以上)――に分けています2。若年性認知症は①と②の総称ともいえます3。
若年性認知症の症状
若年性認知症の症状は、老年期の認知症と同じく、中核症状と周辺症状(BPSD)があります。どのような症状が出るかは、原因となる疾患やもともとの本人の性格、生活環境などによって変わってきます。代表的な症状について概説します。
中核症状
もの忘れ
朝食のおかずのうちの1品が思い出せないといった体験の一部ではなく、朝食を食べたことそのものを忘れてしまいます。平日に有給休暇を申請していたにもかかわらず普段どおりに出社してしまい、同僚にそのことを指摘されても、休みを取っていたことをまったく思い出せなかったりします。
見当識障害
「いまは何時か」「どこにいるのか」といった時間や場所の見当識障害がみられることもあります。取引先との約束の時間を間違えたり、何度も訪れている場所からの帰り道がわからなくなり、迷子になってしまうこともあります。
理解力、判断力、思考の低下
新しい仕事の内容を覚えられなかったり、さして難しくない説明が理解できなくなったりします。料理のためにひさしぶりにキッチンに立つも何から手をつけてよいかわからない、子どもの宿題を見ていて試しに自分も解いてみたら初歩的な計算がなぜかできないといったことも起こります。
周辺症状
意欲の低下
一も二もなく応じていた趣味のゴルフの誘いに気乗りがしなくなった、頻繁に出かけていた子どもの野球の試合の応援に行かなくなったなど、物事に対する意欲が低下し、それまで大好きだったことでも億劫に感じるようになります。
不安、被害妄想
若年性認知症の人は自分が認知症であると察していることも多く、認知機能低下に対して不安を感じていることが少なくありません。不安の程度が強くなっていく中で、自身が起こした失敗を周囲の人からいさめられたりすると、それをきっかけに強度の不安を呈したり、「周りから悪口を言われている」「自分は必要とされていない」といった被害関係妄想に発展することもあります。
若年性認知症の原因となりうる疾患
若年性認知症の原因疾患は、アルツハイマー型認知症が最も多く52.6%、次いで血管性認知症が17.1%、前頭側頭型認知症が9.4%となっています2。
アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、認知症の原因疾患で最も多い認知症です。アミロイドβ(ベータ)というたんぱく質の蓄積などにより、脳の神経細胞が徐々に減り、もの忘れをはじめとするさまざまな症状が出現しますが、症状が軽いうちは自立した生活を送れます。現時点では完全な治癒が望める治療はありませんが、症状の進行を遅らせる薬があります。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血など、脳の血管障害によって起こる認知症です。もの忘れや見当識障害などほかの認知症と同じような症状が認められますが、実際にどんな症状が出るかは脳のどの部位が障害されるかによって変わってきます。認知症の症状は、脳梗塞や脳出血が起こるたびに悪化するので、薬物治療や生活改善などで発作を予防することが重要になります。
前頭側頭型認知症
脳神経の変性が原因で前頭葉や側頭葉が障害されることで起こる認知症です。社会性が失われ、周囲の目や環境を気にしない自分本位の行動がみられるほか、同じ行為を繰り返す常同行動などを特徴とします。一方で、もの忘れなどほかの認知症でみられる認知機能障害はあまり目立ちません。
若年性認知症は気づきにくい
若年性認知症はある程度、症状が進むまで正確な診断に至らないことも少なくありません。理由はいくつか考えられます。
まずは「認知症は高齢者の病気」というイメージです。多少のもの忘れがあったり、仕事上のミスが続いても、疲れやストレスと結びつけてしまい、認知症によるものとは疑いません。
逆に、働き盛りであることが受診を遠ざけてしまうこともあります。仕事や日常生活において以前はなかったような異常を感じていたとしても、認知症と診断されることへの不安から、受診行動に踏み切れないケースもあるでしょう。
初期症状も診断を難しくする一因です。性格の変化や意欲の低下など、記憶障害以外の症状が先に出てくることも多く、最初はうつ病や精神的ストレス、更年期障害と診断されてしまうこともあります。
早期発見・受診が重要
もし若年性認知症だったとしたら、何もしないままでは悩みが軽くなることも、症状がよくなることもありません。ですが、医療機関を受診し、専門医の指導に基づいて薬物治療や生活習慣の改善などを図ることで、症状の進行を遅らせることは可能です。
また、認知症と診断されることで受けられる社会的、経済的な支援はたくさんあります。できる限り自立した生活を維持するという観点からも、早期に認知症の兆候に気づき、医師の診断を受けることが重要です。
若年性認知症と高齢発症の認知症との違い
若年性認知症は女性よりも男性に多く4、高齢発症の認知症と違い一家の生計を支える働き盛りの人が発症することが少なくありません。症状の進行や職場の事情などにより、退職せざるを得ないこともあり、特に未成年の子どもがいる場合、経済的に苦しい状況に追い込まれます。受験や就職、結婚など、子どもの人生におけるさまざまな選択に影響する可能性もあります。
未婚の人が若年性認知症になった場合は、高齢の親が主たる介護者となることもあります。
高齢発症の認知症は、配偶者と子どもが協力して介護をすることもできます。しかし、若年性認知症の場合、発症時点では子どもが未成年であることも多く、加えて高齢の親の介護が必要になることもあるなど、配偶者に介護負担が集中しがちです。
若年性認知症の人をサポートする公的支援
若年性認知症の人や家族の生活をサポートする公的支援は以下のようなものがあります3。認知症の診断を受けたら、制度の利用が可能かどうか、医療機関のソーシャルワーカーや最寄りの地域包括支援センター、市町村役場の担当窓口に相談してみましょう。
自立支援医療(精神通院医療)
若年性認知症に関連する通院医療や薬局で支払う医療費の自己負担が1割、もしくは所得に応じて軽減されます。入院医療や認知症とは関係のない疾患の治療は対象になりません。
傷病手当金
全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合に加入していれば、病気やけがで仕事を3日以上休んだ場合、4日目から支給されます。支給期間は1年6カ月です。
精神障害者保健福祉手帳
認知症と診断されて6カ月が経過すれば、精神障害者保健福祉手帳を申請できます。所得税や住民税の控除、公共料金の割引などのサービスが受けられます。
障害年金
国民年金や厚生年金の受給資格があり、障害の等級などの条件を満たせば障害年金を受給できます。受給の申請は初診の1年6カ月後から可能です。
若年性認知症とともに生きる
若年性認知症は認知機能が多少低下していたとしても、職場の理解や協力があれば仕事を続けることはできます。ボランティア活動なども可能です。退職せざるを得なかったとしても、再び働ける場を提供することを目的とした就労支援事業所もあります。そこは、ただ仕事をするだけでなく、新しい仲間をつくる場にもなるでしょう。
「以前は、病気になる前の人間関係の継続を大切に考えていました。でも、当事者の仲間や認知症の人がより良い生活ができるように一緒に考え、動いてくれる人たちと出会い関わるなかで、今は認知症になってからも新しい人間関係をつくれると実感しています」
「新しい人間関係をつくることも含め、私はたぶん、毎日何かに挑戦しているのだと思います。短い手紙を書くことも、こうして取材を受けることも挑戦です」
(2021年7月のインタビューより)
これは45歳で若年性アルツハイマー病と診断され、認知症本人の活動団体である『日本認知症本人ワーキンググループ』の代表を務める藤田和子さんのコメントです。藤田さんは、認知症の人が認知症とともに前向きに生きていける社会を実現するための活動に、精力的に取り組まれています。
若くして認知症と診断されれば、不安から自分の殻に閉じこもったり、いろいろなことに対して投げやりになってしまうかもしれません。しかし人生の終着点は、はるか先にあります。少しずつ気持ちを前に向け、自分ができること、やりたいことを見つけ行動してみてください。昨日までとは少し違った日々を送れることができるかもしれません。
(参考文献)
1,厚生労働省 若年性認知症支援ガイドブック改訂版
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/guidebook_1.pdf(最終閲覧日:2023年1月16日)
2,東京都健康長寿医療センター研究所 わが国の若年性認知症の有病率と有病者数
https://www.tmghig.jp/research/release/2020/0727-2.html(最終閲覧日:2023年1月16日)
3,認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_05.pdf(最終閲覧日:2023年1月16日)
4,粟田主一 若年性認知症の有病率・生活実態把握と多元的データ共有システム
https://www.tmghig.jp/research/release/cms_upload/若年性認知症の有病率・生活実態把握と多元的データ共有システム.pdf(最終閲覧日:2023年1月16日)