運動が脳の健康にもたらす効果とは?脳の活性化・認知機能低下予防におすすめの運動を解説

運動が身体によいことは多くの方がご存知だと思いますが、実は脳の働きにも深く関わっていることが、近年の研究で次々と明らかになっています。
適度な運動を習慣にすることで、集中力が高まったりストレスが和らいだりといった運動のメリットが、さまざまな研究で示されています。
では、これらの効果はどのようなメカニズムで生じるのでしょうか。また、どのような運動が脳の健康によい影響を与えるのでしょうか。
この記事では、運動が脳に及ぼす影響の仕組みを解説するとともに、脳によい具体的な運動について紹介します。
脳と運動の関係
脳は全身の運動を司る重要な器官です。私たちが意図的に手足を動かすときは、すべて脳からの指令によって身体が動いています。
一方で、運動そのものが脳に影響を与えることも事実です。ここでは、脳が運動に及ぼす影響と運動が脳に及ぼす影響の両面から、その関係について解説します。
脳の運動野(大脳皮質)の働き
運動野とは、身体の運動機能を司る脳の領域です。
運動野は脳の前方に位置する前頭葉にあり、一次運動野・運動前野・補足運動野の3つから構成されています。
それぞれの主な役割は以下のとおりです。
運動野の領域 | 役割 |
|---|---|
一次運動野 | 筋肉を実際に動かし、運動を遂行する(例:コップをつかむ) |
運動前野 | 感覚情報にもとづいて運動を計画する(例:コップの位置を認識し、腕や指をどの程度動かすか判断する) |
補足運動野 | 自発的な意思にもとづき、運動の準備や一連動作の企画を行う(例:飲もうという意思に基づき手を伸ばすなどの手順を設定する) |
運動が脳に与える影響
運動は脳の働きにもさまざまな形で影響します。
例えば、運動によって脳の血流が増加することや、脳萎縮の抑制、改善につながる可能性が期待されています。
また、運動によって神経を支える栄養因子が増加し、神経の働きを向上させたり、認知機能に良い影響を与えたりする可能性が示されています。
さらに、身体活動量が多いと脳卒中の発症リスクが有意に低く、座っている時間が長いほど脳卒中リスクが高まったという研究報告もあります。
このように、運動は脳機能の維持・向上と脳疾患リスクの低減という両面から、脳に幅広い恩恵をもたらします。
運動が脳の機能や健康に与えるよい影響
運動は筋力や体力を高めるだけのものではありません。
下記のように、運動が脳に及ぼす影響は幅広く報告されています。
- 記憶力や集中力の向上
- ストレス・気分の改善
- 加齢に伴う脳萎縮の抑制
- 認知機能の向上・認知症の発症リスク低減
- ADHD(注意欠如・多動症)症状の改善
- 睡眠の質の改善
ここでは、運動が脳にもたらすよい影響の具体例を詳しくご紹介します。
記憶力や集中力の向上
運動は、記憶や注意力などの認知機能に良い影響を与えることが多くの研究で示されています。
そのメカニズムとして、神経を支える栄養因子やシナプス可塑性、脳血管系への影響などの関与が考えられています。
軽い運動であっても、すべての年齢層・集団において全般的な認知機能や記憶力、実行する能力などに良い影響を与えることが示されています。特に子どもや若年者の場合はその変化が大きくみられます。
仕事や勉強の効率を上げたい学生や働き世代はもちろん、年齢を重ねた方でも、日常生活における適度な運動は、記憶力や集中力を維持するために取り入れたい習慣の一つです。
ストレス・気分の改善、精神疾患のリスクを下げる
運動はストレス解消や気分転換によいと言われていますが、研究でも精神面へのメリットが確認されています。
運動には、ストレスの解消や気分の改善、抑うつや不安を軽減する効果が期待できます。
実際、週に約2.5時間の早歩き習慣がある方は、抑うつ症状の発症リスクが約25%低いことが報告されています。
さらに、運動には目標達成によって自信や自己肯定感が高まるという心理的効果もあるため、気分の改善につながると考えられます。
運動をすることは、精神的なコンディションを整えるためにも奨められる方法の一つです。
加齢にともなう脳萎縮の抑制
加齢に伴い、人の脳は萎縮することが知られています。個人差はあるものの、一般的には30歳代から萎縮が始まり、65歳前後には画像検査上でも変化がみられるようになります。
継続的な運動習慣は、この加齢にともなう萎縮を抑え、脳容量を増加させる可能性があります。
週3回のエアロビクスなどの有酸素運動を行った高齢者では、海馬の体積が約2%増加したという報告もあります。これは、約1〜2年分の加齢による萎縮を取り戻したことに相当します。
加齢に伴う萎縮は、自然な脳の変化とされていますが、運動を取り入れることで脳の健康状態を長く維持できるかもしれません。
認知機能の向上・認知症の発症リスク低減
運動は脳萎縮の抑制のほか、身体活動量の増加・疲労感の軽減・うつ症状の緩和・自己効力感の向上・社会的ネットワークの構築などを通じて、認知機能の改善に寄与します。
さらに、運動は認知症の発症リスクを低減すると考えられています。
海外の研究では、週3回以上の高強度運動を行っている高齢者は、運動習慣のない高齢者に比べて、アルツハイマー型認知症を含む認知症の発症リスクが低かったと報告されています。
運動は、身体機能の維持だけでなく、認知機能の維持にも役立つ習慣と考えられています。
ADHD(注意欠如・多動症)症状の改善
ADHDは、注意を持続することが難しい・落ち着きがない・行動を抑制できないなどの特徴により、日常生活に支障が生じる状態です。
2020年の統計で、症状を有する成人のADHDは6.76%と報告されています。
こうしたADHDの症状に対しても、運動による改善効果が期待されています。
海外の研究では約30分の有酸素運動後に注意力や課題処理速度が一時的に改善したことが報告されており、さらに運動を継続することで、行動抑制能力が高まる可能性も示唆されています。
日常生活に運動を取り入れることが、ADHD症状を改善する一助となるかもしれません。
睡眠の質の改善
運動は睡眠の質の改善にも役立つと考えられています。
日中の身体活動量は睡眠の質に影響するため、適度な運動は良質な睡眠の確保に効果的とされています。
ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動に加え、筋力トレーニングも睡眠の改善に有効であると報告されています。
睡眠不足は脳の前方に位置する前頭前野の機能低下を招くおそれがあるため、脳機能の維持には質の高い睡眠が不可欠です。
運動は、睡眠の質を高めることを通じて間接的にも脳のパフォーマンス維持・向上に役立ちます。
運動が脳の機能や健康におよぼす悪影響
運動が脳機能にもたらすよい影響がある一方で、条件によっては悪影響を及ぼすこともあります。
運動は本来、脳や身体の健康によい影響をもたらすものですが、その効果は運動の種類よりも強度や量、行う状況によって大きく左右されます。
ここでは条件によって期待される効果が得られにくくなるケース、注意したい運動の方法について紹介します。
オーバートレーニング
運動が認知機能の改善によいといって、やりすぎや過度な運動はマイナスの影響を及ぼすことがあります。
実際は、トレーニング量が過剰になると認知機能の低下につながる可能性が指摘されています。
持久系スポーツのアスリートを対象にした研究では、過度なトレーニングにより認知機能が低下する可能性が示されています。
具体的には、課題への反応時間が遅くなったり、ミスが増えたりするなど、パフォーマンスの低下が確認されています。
さらに、疲労が蓄積するほど課題への反応時間は延びる傾向があり、運動の負荷が回復力を上回る「オーバーリーチ状態」では、最大で課題の対応速度が20%遅れることも報告されています。
運動の過負荷によって、集中力の低下や学業への影響を及ぼすことがあるため、トレーニングの時間や強度の度合いに注意し、適度な休息を取るようにしましょう。
強度が高すぎる運動
中等度強度の運動は認知機能の向上が期待されています。
一方で、強度が高すぎるハードな運動に関しては、一時的ではあるものの認知機能が低下する可能性があると考えられています。
高強度の運動が認知機能に与える影響について検討した研究では、特に、運動中に認知課題を同時に行う場合に認知パフォーマンスの低下が報告されています。このことに関しては、認知課題の種類や元々の体力、運動の様式や時間、年齢といった要因も影響すると考えられています。
そのメカニズムを研究した最近の報告では、高強度の過剰な運動によって生じる乳酸の蓄積が、筋肉からミトコンドリア由来小胞の分泌を促し、それが認知機能の低下を引き起こすことが示されていました。
この点からも、運動量や強度は自身にあわせることが大切です。
脳の健康のために取り入れたいおすすめの運動
適度な運動は脳や身体によい影響をもたらしてくれます。では、実際に日常生活のなかで行う運動で、どのような運動を選べばよいのでしょうか。
ここでは、有酸素運動やリズム運動、筋力トレーニングなどの脳によいとされ、日常的に取り入れやすい運動について紹介します。
ランニングやウォーキングなどの有酸素運動
健康のために取り入れる運動の一つとして、低〜中等強度で一定時間継続できる有酸素運動がおすすめです。代表的なものには、ランニングやウォーキング、水泳、自転車運動などがあります。
有酸素運動には、動脈硬化の抑制・改善の効果が期待されます。継続的に行うことで血管の柔軟性が保たれ、脳血管疾患のリスク低減につながると考えられています。
実施の目安は、可能であれば毎日30分以上、少なくとも週3回程度が推奨されています。
ただし、運動に慣れていない方がいきなり高強度の運動を行うと、ケガのリスクが高まります。まずはウォーキングなどの低負荷運動から始め、体力に応じて徐々に運動量や強度を高めていくことが大切です。
ダンスやリズム運動
有酸素運動には、ダンスやエアロビクスなどのリズム運動があります。
一定のリズムで身体を動かすことで、脳内神経伝達物質であるセロトニンの分泌が促進され、脳の健康によいと考えられています。
セロトニンの主な役割は感情の安定や精神的な落ち着きを保つことです。セロトニンの分泌が促進されることで、ストレスの軽減や不安感の緩和などが期待できるため、幸せホルモンとも呼ばれることもあります。
運動全般にセロトニン分泌促進作用がありますが、リズム運動は特にその効果が高いとされています。リズム運動も有酸素運動と同様に週3回以上、可能であれば毎日30分程度を目安に行い、まずは軽い動きから無理なく始めましょう。
ストレッチや筋力トレーニング
ストレッチ運動は柔軟性を高めるだけでなく、自律神経のバランスを整えることで、心身のリラックスにつながります。
呼吸と組み合わせた代表的な運動がヨガで、ストレス緩和やリラックス効果が期待されています。
また、筋力トレーニングも脳によい影響を与える運動と考えられています。トレーニングにより誘導される神経科学的な変化が、脳機能の維持、発達、回復に寄与する可能性があることを示した研究もあります。
まずはスクワットや腕立て伏せなどの簡単な運動から始め、週2〜3回を目安に、体力に応じて徐々に負荷を調整してみましょう。
「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」によると、マシンを使う場合は、最大挙上重量の60~80%の重さを8~12回繰り返し、大きな筋群をまんべんなく鍛えることが推奨されています。
運動を実践するときの注意点
運動は脳によい習慣ですが、ただなんとなく行えばよいというものではありません。ここでは、運動をより効果的に実践するための注意点について解説します。
健康状態に留意する
体調があまりよくないときやケガをしているときに無理に運動を行うと、症状が悪化するおそれがあります。
まずは身体のコンディションを十分に整えてから、運動を始めるようにしましょう。
また、心臓や肺、関節などに持病がある場合に、運動を行うことで症状が悪化する可能性もあります。
自己判断で運動を行うことは避け、医師と相談することを検討しながら安全性に配慮したうえで運動を行うようにしましょう。
無理なく継続できる運動を選ぶ
運動と脳のよい関係はさまざまな研究で報告されていますが、いずれも一時的ではなく、継続した運動と脳の関係を示しています。まずは、体調や生活スタイルにあわせて続けられる運動を選択してみるとよいでしょう。
特に運動を始めたばかりの方は、軽い強度の運動から取り組みましょう。はじめから強い強度で運動を行うと、身体を痛めてしまい、結果として運動を継続できなくなるおそれがあります。
運動に慣れて「物足りない」、「強度を上げてみてもよさそうだ」と感じるようになってから、段階的に運動の強度を高めていくことが大切です。
脳と運動の関係に関するよくある疑問
運動によって脳の機能が高まると聞くと、「子どもに運動系の習い事をさせた方がいいのか」「いわゆる脳トレみたいな運動法はあるのか」といった疑問を持つ方もいるかもしれません。
ここからは、脳と運動に関してよくある質問をご紹介します。
運動すると学力が高まる?
運動が脳によい影響を与えるとなると、運動するほど学力が高まるのか気になりますよね。
小学6年生を対象にした研究では、体力水準が高いと学力の水準が高くなる傾向が示されていました。しかし、体力水準が低い子どもに関しては、テストの点数が必ずしも低いわけではなく、学力得点の幅が大きかったと示されています。
つまり、運動習慣があったほうが子どもの学業成績によい影響を与える可能性があるものの、子どもの発達や生活リズムに合わせて適度な運動を試みる程度に考えておくとよいでしょう。
運動は脳トレになる?
頭を使いながら運動をする、「コグニサイズ」をご存知ですか?
複数のことを同時に行う、二重課題(デュアルタスク)を運動に取り入れたもので、認知機能の改善に役立つと注目されています。
例えば「ステップを踏みながら、数を声に出して数える、特定の数の時だけ声を出さずに手を上げる」「散歩をしながら、すれ違う車のナンバープレートの数字を足し算する」などがあります。
軽く息が弾む程度の運動と簡単な認知課題を組み合わせることがポイントです。
外で行う場合は、集中してしまい周囲への注意がおろそかになってしまう可能性もあるため、周囲の安全を確保した状態で行いましょう。
まとめ:適度な運動は脳の健康にもよい効果が!継続的な運動習慣を取り入れよう
運動は、脳や身体の健康によい影響をもたらしてくれます。
天候や気温に左右されるようなものや、厳しすぎて続けられないものではなく、まずは体調や環境的に無理のない程度の運動を生活のなかに取り入れてみませんか。
脳も身体も健康な生活を続けられるように、一人ひとりに合った運動習慣を始めてみましょう。
この記事の補足情報
参考文献
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著者情報
- PROFILE/ プロフィール

廣瀬 正和
京都大学医学研究科 ■経歴 平成26年 京都大学医学部卒業、市中病院、大学病院での臨床研修を経て、神経内科専門医、認知症専門医、脳卒中専門医を取得。現在は母校にて神経変性疾患と画像解析の研究に従事しながら、臨床経験を活かし医療ライターとして活動。 ■所属学会 ・神経内科専門医 ・日本脳卒中学会専門医 ・認知症専門医 ・総合内科専門医
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