認知症の方の買い物トラブル 事例と対策について
認知症が進行して認知機能が低下すると日常生活に徐々に支障をきたすようになります。生活の中で欠かせない家事の1つである買い物においても、さまざまなトラブルが起こります。一方で、周囲の手助けがあれば自力で買い物をすることは可能です。認知症の人の意思を尊重することで尊厳の維持、自立する意欲の回復を図り、社会とのつながりを保ったり、適度に体を動かして心身を健やかに保つためにも、買い物はできる限り続けたい生活習慣といえます。認知症の人に起こりやすい買い物トラブルの事例と対策を紹介します。
よくある買い物トラブル
認知症が進行すると、これまで問題なくできていた買い物において、何度も同じものを買ったり、不要な契約をしてしまうなど、さまざまなトラブルが起こりやすくなります。
何度も同じものを買う
記憶障害のため買ったものを忘れる、もしくは買ったこと自体を忘れてしまい、同じものを何度も購入してしまうことがあります。認知症の人の自宅を訪ねた家族が、冷蔵庫の中に同じ食材が大量に詰め込まれているのを見つけたということもめずらしくありません。大量の食材を見ても、当の本人には自分が買ったという認識がなく、買い物の場でも覚えていなかったりするため、繰り返し買ってしまいます。
消費期限の管理ができない
同じ食材を大量に購入した場合、当然ながら消費しきれません。冷蔵庫の中には期限切れの食材があふれ、腐らせてしまうこともあります。また、意欲が低下するなどして自分で料理をする機会が減ると、買いはしたものの期限内に使われないといったことも起こりえます。
会計せずに持ち帰ってしまう
支払いをすませたと思いこんでしまう、支払いの直前に別のことに気を取られてしまうなどして、会計をしないまま商品を持ち帰ってしまうことがあります。注意力の低下など認知症の症状によるものです。脱抑制や社会性の欠如がみられる前頭側頭型認知症では、欲しいという衝動を抑えられず、会計をするという行動が欠落してしまい万引きと誤認されることがあります。
通信販売で大量購入してしまう
通信販売のテレビ番組やカタログなどで目にした必要ない商品を見境なく購入してしまうことがあります。これは認知症により正常な判断ができなくなっているからです。支払いのことまでは考えが及ばず、未払いの請求書の山に家族が気づいて発覚することもあります。認知症になる前に、ダイレクトメールや通信販売による買い物をする習慣があった人ほど注意を要します。
訪問販売で不要な契約をしてしまう
判断能力が低下しているため、訪問販売員の巧みなセールストークに誘導されるかたちで不要な契約を結んでしまいます。化粧品やサプリメント、高額な羽毛布団など商品はさまざまです。必要のないリフォーム工事など商品以外の契約を進めてくる業者もいます。一人暮らしで過去に契約した実績がある人ほど、悪質な業者にねらわれやすい傾向があります。
買い物トラブルが起こる原因
なぜ、認知症の人は買い物でトラブルが起きやすいのでしょうか。原因として考えられるのが、認知症の症状と長年にわたる習慣です。
認知機能(記憶力や判断力)の低下
認知症では認知機能障害による記憶力や判断力、注意力などの低下がみられます。このため何を買ったか忘れてしまったり、不要であるにもかかわらず購入してしまったり、別のことに気を取られて会計を忘れてしまったりすると考えられます。いずれも認知症の症状に起因するもので、本人に悪意や悪気は決してありません。これを私たちは「未払い行動」(福岡県若年性認知症サポートセンター阿部かおり氏提唱)と呼んで万引き行為とは違うという社会認識を広める努力を開始しています。
長年の習慣として体が記憶
長年の習慣として日常的に買い物に行っていた場合、認知症で認知機能が低下しても、生活を成り立たせるうえで欠かせない家事として体は記憶しています。いわば体にプログラムされているような状態で、本人としては今までと同じように買い物に出かけますが、認知機能が低下していると、認知症になる前と同じように買い物をすることは難しく、トラブルが起きてしまうのです。
手助けがあれば買い物はできる
認知症の人が買い物に行く、行こうとするのは、それが必要な行動だと認識しているからです。無理に止めても反発を招いたり、本人のストレスになります。トラブルを起こしやすいといっても、家族や周囲が手助けをすれば、本人が自力で買い物をすることは可能です。サポートする際は本人のペースを乱さず、意思や判断を尊重し、さりげない関わりを心がけましょう。
買い物に付き添う
家族や介護者が買い物に付き添うとよいでしょう。家にいくつもあるものを買おうとしたときは、「昨日、私が買ってきちゃった。ごめんね」と本人の自尊心を傷つけることなく買わなくていい理由を伝えたり、「向こうの売り場のあれも買わないとね」と目先を変えてみてください。買い物に行く前に一緒に「買う物リスト」をつくっておけば、不要なものを手に取ったときの対応がしやすくなります。
否定しない、頭ごなしに叱らない
買い物をしているときに、すでに家にあるものをカゴに入れたり、同じものをいくつも買おうとする場面が何度も続いたら、思わず強い口調で止めてしまうかもしれません。しかし、本人は必要だと思い認識して手に取っています。頭ごなしに否定されたり、叱られたりすれば、不満に思いますし、自信を喪失することにもなりかねません。認知症の行動と心理症状(BPSD)を引き起こしたり、悪化させる要因にもなりますので注意が必要です。
店の人に協力をお願いする
頻繁に利用している店であれば、店側の理解を得ておくのも一つの手です。本人が認知症であること、不要なものを買ってしまったり、支払いを忘れてしまうおそれがあることを事前に伝えておきましょう。万引きと誤解されるようなトラブルを避けられますし、「またそれ買うの?」など家族に言われたらカチンとくるようなことも、店員にやさしく指摘されればすんなり納得できることもあります。
支払い方法を工夫する
買い物で認知症の人が緊張する瞬間の1つが会計です。後ろに人が並んでいると財布からお金を出したり、お釣りを計算するのに時間がかかってしまい、それがさらに焦りを募らせます。何度も失敗が繰り返されれば、買い物に行こうという前向きな気持ちが失われてしまうかもしれません。あらかじめお金をチャージしておくプリペイドカードを用いるとスムーズに支払いができます。チャージした金額以上の買い物もできず、使い過ぎてしまうこともありません。
クーリング・オフ制度を利用する
クーリング・オフは、いったん契約の申し込みや契約の締結をした場合でも、一定の期間であれば無条件で申し込みを撤回したり、契約を解除したりできる制度です。訪問販売や電話での勧誘販売の場合、8日間以内であれば契約を解除できます。ただし、店頭での直接購入や通信販売などには、この制度は適用されませんので注意してください。
通信販売のきっかけを断つ
通信販売で不要な買い物を繰り返していたとして、購入をやめるよう説得をしても、すんなり納得してもらえるとは限りません。反発を招いてしまうこともあります。余計なあつれきを生まないためにも、カタログやダイレクトメールの発送元に連絡して発送停止を依頼するなど、元を断ちましょう。
買い物で心身を健やかに
買い物はトラブルさえなければ、心身の健康を保つ大切な行動といえます。最近は高齢者のリハビリテーションに取り入れられる事例も増えています1。認知症対応型共同生活介護(グループホーム)ではスタッフの援助のもとで買い物に出かけることもめずらしくありません。実際にどのような効果が期待できるのでしょうか。
五感が刺激される、脳が活性化する
お店に向かうまでの景色、花の香りや鳥のさえずり、店に着いたら献立をイメージしながら商品を物色、選択し、店員と会話し、計算をして、支払いをする――買い物は、家を出てから帰宅するまでの間、五感や脳が刺激されるプロセスがたくさんあります。脳が活性化することで認知症の進行予防が、お店までの移動が適度な運動になりフレイルの予防も期待できます。もともと外出が好きだった人であれば、一日中家にこもっているより、気持ちもいきいきするでしょう。
意欲が上がる、自信を持てる
認知症になると、今までできていたことが少しずつできなくなり、意欲や自信を失う場面が増えます。移動や判断、コミュニケーションなどさまざまな行為を必要とする買い物は、認知症の人にとって簡単なことでありません。それをこなせるということは、意欲を高め、自信を取り戻すきっかけにもなりえます。
まとめ
今まで問題なくできていた買い物も、認知症が進むにつれ難しくなります。それでもトラブルをおそれて遠ざけるより、周囲が手助けをして続けるほうが、本人の心と体を健やかに保つことができ、生活の質(QOL)の維持、向上が期待できます。ただし、何から何までサポートするのは避けてください。本人の意思を尊重し、本当に必要なときだけさりげなく手助けをする姿勢が大切です。
(参考文献)
1,Mouri N et al.:Int J Environ Res Public Health. 2022 Jan;19(1):569